人を批判するのってめちゃくちゃ大変ですよって話
スポンサーリンク
SNSから一定の距離を置くようになってから、気づいたことがある。
「誰かが誰かを説教してる」率、高くないですか?
人を批判するのって、実はすごくハードルが高いのに、簡単に批判や説教しすぎじゃないですかね。
ということで、なんでハードルが高いのか、2つの理由を書きます。
1.批判が事柄をむいてる?人に向いてる?
ここでピンときてる人は読み飛ばしてください。
ようは、相手の意見や事柄は否定しても、人そのものを否定しちゃダメでしょって話。
批判する時って、感情が高ぶってる時だから、本当は意見や事象だけを批判しないといけないのに、その先を超えて、人そのものまで批判しがち。
これは人格否定。
とはいえ、学校教育の弊害で、意見の違いを言っただけなのに、人格を否定されたと思い込んでしまうこともあるので、伝え方は大事ですが。
仕事でも、良い上司はみんな理解していて、仕事のやり方は否定するけど、人格まで否定しないんですよ。
「この資料は数字の見せ方がわかりにくい。こうしないとお客さんには理解できないから、今後は気をつけて」
「この資料の数字の見せ方がわかりにくい。こういう細かいところが適当だからモテないんだよ」
前者と後者、全然違いますよね。後者は事柄の否定から人格の否定へ繋がってます。
冷静な時はなんともなくても、イラッとした時、人格否定までやっていないか?
まずここを見極めるのが、1つめのハードル。
2.あなたの身内にも同じこと言えますか?
2つめのハードルが、意外と難しい。著名な人でもやってしまいがち。
わかりやすいように、パワハラを始めとした会社でのトラブルに着火しやすいAさんがいたとする。
ここで、こんなニュースが入ってきた。
Bという上司がCという部下をパワハラした結果、Cが鬱病になり、子供の頃からやりたかった仕事を辞めざるをえなくなった。
もし、AがBを全く知らない場合どうなるか?
AはTwitterでBの言動を批判するでしょう。
では、AがBと仲良しだった場合どうなるか?
Bも、成長してもらいたくて熱が入ったんだろう。最近の若い人は怒られることに慣れてないから、重く受け止めすぎたんじゃないのか。
批判対象となるBが、知ってる人かそうじゃないかで、反応が全く変わるわけです。
特に仲良しのBと利害関係があればなおさら。
つまり、自分が物申したいこと(着火ネタ)があった場合、批判の対象が身内かどうかで、態度変えてませんか?ってことです。
ここを変えない人であれば、批判すればいい。
ただ、相手によって批判する、しないを変えているのであれば、どこまでいってもポジショントークであり、綺麗事でしかない。
まとめ
この2つのハードルをクリアした「健全な批判」なら、ぼくはいいと思うんです。
ただ、意外と難しいんですよ、これ。
もしかしてドキっとしたり、周りにもいたりしませんか?
特に2つめの、同じ事象なのに、相手によって批判する・しないを変えることは、無意識にやりがち。
自分に仕事をくれる人だったり、その相手を批判することが自分のデメリットになる場合、批判しないんですよね。
じゃあさ、簡単に人を批判するなよってわけです。
見知らぬ人がパワハラしたら糾弾するくせに、身内だったらだんまりするんだったら、最初から黙っとこう。
こういう、正義を行っているように見えるポジショントークは、見てる人は見てます。
人を批判するのって、めちゃくちゃ大変なんですよ。
では、また。
---お問い合わせはLINE公式アカウントへ。
メールの宛先は、
sakakiharaあっとまーくrebirthink.jpまで。
★逃げることは悪いことじゃない。高校・大学両方を中退した僕が伝えたいこと。
another lifeさんからの取材記事
★高校も大学も中退し、就活もしていない波瀾万丈な人生を歩んだ私が、学校教育を変えたいと決意した話
STORYSに自伝書きました